副会長の報告書

日本キューティクル協会副会長のブログ

アメリカから見た3.11

って言うと大げさですが
どうも副会長です


2月27日から3月12日までアメリカに行っておりました
食事、コミュニケーション、教育、医療、音楽、アメリカにとっての日本、とか
まあいろいろな方面でいろいろと思うことがありました



この記事ではその中でも東日本大震災について書きます
なぜ東日本大震災なのかと言うと、やっぱり思い入れが強いからです

去年の話ですが、地震から数日は精神状態が結構不安定になっていました
落ち着けるために煙草吸いすぎて気持ち悪くなって寝込んだくらいです笑
ぼくにとっては他人事なのに、なんでこうも入れ込んだのか未だにわかりません
他の災害ではこうも入れ込まなかったのに
原因の一つはメディアの報道だとは思いますが

夏には岩手にボランティアに行きました
自分の目で被災地を見てみたいという、不純な動機で参加しました
理由はどうあれ、本当に参加してよかった
ボランティアの意義だとか、そういうことをすごく考えさせられました
これまでボランティア童貞だったので、ボランティアの世界を全く知らなかったのですが、
今回の震災に限らず、ボランティアにはいろいろな攻防があることを知りました

そして震災1年の日をアメリカで迎えることになりました
せっかくなので、アメリカではどのようにこの震災を捉えているのか、
ぼくの見た範囲だけですが記事にしたいと思いました


向こうで最初に震災の話が出たのは、訪米数日目の、小学校訪問のとき
研修プログラムの中に、小学校を訪問して子供に日本文化を教える、というものが組み込まれていました
その時に、小学校の校長先生だと思われる人と話をしていて、tsunamiの話が出ました

tsunamiは大丈夫でしたか?という質問に、
私達の住んでいるところは大丈夫でした、という返答
日本を心配していて、心遣いをしてくれている、という印象を受けました
ただ、ん?と思ったのが、どうやら日本のどこがtsunamiの被害を受けているのか、
よくわかっていない様子でした
日本全体が災害に遭っているような、そんな認識で話をしているような気がしました
まあおれも英語ちゃんと聞き取れるわけではないので、どこまで正確に訳せてるのかわからんですが

次が、滞在している大学の学長さんと会った時
先ほどの校長さんと同じく、心配と心遣いの気持ちをひしひしと感じました
ただ、同様に、被災地をよくわかっておらず、日本全体が被災したかのような会話だったように思いました
震災が起きたあと、姉妹校であるうちの大学に、折り紙の鶴を折って寄贈したってたぶん言ってました
気持ちは嬉しいですが、愛知にあるうちの大学に寄贈してもねぇ、とは思いました
この辺も英語よくわからなかったので、違うかもです
もしかすると、うちの大学じゃなくて、別の場所のことを言っていたのかもしれない

図書館に行くと、TimesとかScienceとかどこかで聞いたことある有名な雑誌の最新が置いてあります
Timesを読んでる時に、震災の関連の記事を見かけました
被災地のことを”Eastern Japan”って表記していました
”Tohoku”って単語も見かけた記憶があります
大抵は上記の東日本という表記が使われており、
確かにこの表現で報道されている限りだと、被災地の正確な場所はわからんです

向こうの学生ともいくらかおしゃべりしましたが、学生からは震災の話は出ませんでした
興味がないのか、気を使っているのか、理由はいろいろだと思います

大学での2週間の研修を終えて、最後はNYcity観光
国連本部に行きました
荷物検査と金属探知機でのチェック
空港並みに厳しい
他の観光場所でもそうだったけど、テロの標的となり得る施設はこういうの厳しかった




エントランスでかなりのスペースを割いて東日本大震災の写真を展示してた
すごく扱いが良くてびっくりした

被災地の写真
避難所生活の写真
被災者の写真
ユニセフの活動の写真

外国の方もたくさん写真を眺めていました
tsunamiという単語があるくらいなので、外国では地震津波は珍しいのだと思います
日本への心配ももちろんあるとは思いますが、それ以上に、
tsunamiという未知の災害に興味があったのだろうと感じました

ボランティアに参加した立場から思ったのは、ユニセフ押しすぎ
国連の機関が現地で支援をしているのだから、それをアピールするのは当然だとは思います
けど実際には、ユニセフ以外にも多くのボランティアが活動してるんだよなーとは思いました

実際、ぼくが参加したボランティアにもユニセフから送られた物資があるようでした
物資の中で、ユニセフの帽子とかステッカーとかは余ってたからもらいました
ステッカーなんか作る金あるならもっと作るもんあるだろと思いましたが

あとは3月11日に5番街を歩いてる時に、原発デモ行進に遭遇しました
多種多様な人種の人が同じ反原発を叫んでるのが印象的でした
中でもやはり日本人らしき人が多めで、日本語のプラカード持ってる人が何人かいました
「日本人のみなさんへ デモって意外と楽しいよ」というふざけたプラカードも

黒人のストリートダンスを楽しんで
5番街の高級小売店を横目に眺めて
原発デモ行進とすれ違って
地面に座り込んでるサックスを吹くおじさんを聞き流して

20分くらい歩くだけでこれですから、なんともアメリカらしいというか
本当になんでも混ざり合ってるんだなぁと思いました

んで絶対震災関連の新聞記事あるだろうと思い新聞を購入

The New York Times 3/11
http://www.evernote.com/shard/s81/sh/3691173d-86e0-4501-8bf0-f738d8807c85/ff3baa2581b727461a2fecbaf1154453
http://www.evernote.com/shard/s81/sh/feeeaa41-1f38-4c36-9519-e20c3b936b01/9c40a2b0fc5b8b9e297e0c859173761e
http://www.evernote.com/shard/s81/sh/c215eb77-ef0e-4246-a1a4-cf3556d60a6e/663d751205d7fd4ea7d0f010ef99c7ff

Sunday版で結構なページ数ありましたが、震災に触れている記事はこの3つ
最初のやつは記事というか写真
最後のやつは記事というかNHKの広告

そういえば11日には、ゴスペルを聴きに教会にも行きました
歌と説教の時間があり、説教のときに震災の話が出るかなと思ってましたが、
特に話題も出ず、そのままみんな聖書を読み始めたので帰りました

遠くから見ているだけ、視野が広いというか、細かいところはあんまり見えないというか
そういう印象を受けました
上記のNYtimesの2番目の記事も、宗教に絡んだ記事です
原発問題もそうですが、人類の行く末というと大げさかもしれませんが、
そういう視点で捉えているのかなぁと思いました

買い占め問題やらボランティアのいざこざやらなんてのはアメリカからは遠くて見えないのかも


ちなみに
アメリカの3月11日は23時間です
今年は3月11日からサマータイム導入のため、1時間短いそうです
代わりに、サマータイム終了の日は25時間になるそうです
12時に飯食べに行ってもガラガラでおかしいと思ったら、実際には11時というオチでした


震災という観点から見たぼくのアメリカ研修でした
ではでは